ひびのささめきごと

レビューとか、日常とか。

繊細で美しいものだから

 

思春期における女の子の友情って

ものすごく危ういものだからこそ、美しいと思うんだ。

 

 

中学・高校時代の『女友達』って、そんなに綺麗なものばかりじゃない。

彼氏がいないことの寂しさを紛らわす代替手段だったり、

部活やクラスの中で必然的に組まざるを得なかった関係だったり、

自分を良く見せるための比較対象でしかなかったり。

 

そんな中、相手を選びながら慎重に、少しずつ自分を曝け出していく過程で

何でも話せる友達に出会えること。それは奇跡だったりする。

 

だから、ほむらの孤独や独占したい気持ち、

まどかの幸せを願う気持ちは痛いほど伝わってきた。

他の誰でもない、まどかが必要で、

でも彼女はみんなの神様だってこと。

 

ほむらと同じように苦しみ、同じように泣いてしまった。

 

高校時代、理由もなくクラスぐるみのいじめが始まり、

肉体的にも精神的にも限界をきたして学校を辞めようとしたとき、

「あんたが悪いわけじゃない!私は何があってもあんたの支えになるから!」

そう言ってくれたあの子を思い出す。

隣のクラスの人気者で、仲間はずれになった私を明るく受け入れてくれた。

学年全体に広がっていた変なウワサを蹴散らすように笑い飛ばしてくれたあの子。

 

色んな人に頼られていたあの子にとって、

私を助けてくれたことは大したことではなかったのかもしれない。

もし忘れられていたとしても、あの時声を掛けてくれたことは、

私にとって何にも代えがたい、とても大切な記憶。

あの子がもし困っていたら、全力で助けたいと思うし、

真っ先に駆けつけたい。そう思う。 

 

そんなことを思い出しました。

 

おしまい。

センチメンタル・ロードサイド

 

漠然と何か起きるんじゃないか、って

期待していられる時間も実は限られているんだよね。

 

ここは退屈迎えに来て

ここは退屈迎えに来て

 

話題になってたけど、なんとなく読む気になれなかった。

今朝思い立ってKindleで購入して、午後にはあっさり読了。

 

ユニクロ、ブックオフ、ゲオ、アピタ、そしてイオンモール。

高校時代に通ったCDショップはいつのまにかあやしいリサイクルショップに姿を変え、

ファミレスでは皆うっすらと視線を投げかけて、何か起きるのを期待している。

自分の住んでいた町にソックリ!そう思った人も多いんじゃないかな。

いわゆる「何でもあるけど何にもない」、そんなファスト風土。

 

吉田修一の『悪人』も国道沿いの退屈をテーマにした小説だったけど、

あちらはもっと救いようがなかったように思う。

悪人

悪人

 

 

共通点は『セックス』が一つの逃げ道になっていたこと。

田舎にとって、『セックス』は娯楽であり、

また家庭を持つためのゆるやかな過程の一つでもあるから。

 

でも終わってしまえば、

そこには愛も何もないことに気がついて、

空っぽの自分と向き合う羽目になる。

 

その繰り返しを経て、

どこかで妥協できる相手を見つけて、

自分自身を鈍化させていく。

 

幸せなのか分からないけど、きっと幸せなんだろう。

ブログはじめました

こんにちは。

 

映画や小説のレビューとか、

日常のささめきことをつらつらと書いてみたいと思います。

 

twitterだとルサンチマンたっぷりの自由散文詩になりがちで、

facebookだと良い子ちゃんぶってしまう私。

ここではどんな自分を作り出すのか、

実験の場にしてみたいと思います。

 

どうぞよろしく。